コミュニティ 2025年10月4日 読了時間: 6分

なぜ「いただきます」が、社会科なの?

吉住 海斗
吉住 海斗
株式会社COLBIO 取締役
東北大学農学部卒業
スタートアップ2社を経て、
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 在籍中
#農学 #植物 #新規事業開発 #製品企画 #ディープテック #地域 #食糧安全保障
なぜ「いただきます」が、社会科なの?

産地、品種、旬。

覚えるつもりで買ったのに、皿に移した瞬間、曖昧になってしまう。

子どもに「これ、どこから来たの?」と聞かれて、曖昧に応える。

安全も、値段も、正解も、ぜんぶ知りたいのに、日々は早すぎる。

そんな私が、ある朝、まだ暗い市場を歩いた。

凛とした冷気と交わされる声、床に刻まれた無数の動線。

価格が決まる以前の、目と手の判断。

そこで初めて、食卓は社会科の教室だと腑に落ちた。

私たちが食べる前に、どれだけのルールと労働と季節が通り過ぎるのか。

では、家の中で何を変えれば、その線を保てるのか。

全身全霊ではなく、続けられるやり方で。

これは、私たちの小さな失敗からはじまる、見学と問い直しの記録だ。

最初の問いを、一緒に確かめてほしい。

——「いただきます」は、社会科になれるだろうか?


一番身近なのに、答えられない問い

私たちの食卓は、不思議なほど「結果」だけが並ぶ場所です。

完璧な形に整えられたきゅうり、一年中同じ価格で並ぶように見える卵、遠い国のシールが貼られたバナナ。

それらは静かに皿の上に乗り、私たちはただ「おいしいね」と言って消費する。

しかし、その裏側には、無数の問いが隠されています。

  • なぜ、あのスーパーのレタスはいつも198円なんだろう?
  • このトマトが冬に食べられるのは、どこの誰のおかげなんだろう?
  • 「農薬はここまで」というルールは、一体誰がどうやって決めているんだろう?

これらの問いは、本来とても面白く、知的な冒険の入り口になるはずです。しかし、私たちはその問いの立て方すら忘れてしまい、子どもからの「なぜ?」に口ごもってしまう。

この小さな敗北感の正体は、個人の記憶力や努力不足ではありません。

それは、私たちの食卓と、その食べ物を支える巨大な社会システムとの間にある、「断絶」そのものなのです。


食べる前に、教室があった

その「断絶」の向こう側、つまり私たちが「いただきます」を言う前の世界には、驚くほど広大でダイナミックな「教室」が広がっています。

私たちはそれを〈食べる前の社会科見学〉と名付けました。

この教室では、学校では習わない、けれど私たちが生きる上で不可欠な、3つの教科が動いています。

市場の「経済学」

午前3時の青果市場。そこでは、全国から集まった野菜や果物の「等級」が見極められ、「競り」によって一瞬で価格が決まります。天候や産地リレーによって、ものの価値がどう変動するのか。1円というお金が、生産者、物流、小売店の間をどう旅していくのか。そこには、生きた経済のダイナミズムがあります。

畑の「科学」と「法学」

「この農薬は、収穫の〇日前まで」と定められたルール(収穫前日数/PHI)。食品に含まれる残留農薬の基準値(MRL)。アレルギー表示の「特定原材料28品目」。これらは、生産者と消費者の間にある「安全の約束」です。恐怖や不安ではなく、客観的な「基準(ルール)」として知ることで、私たちは初めて冷静な選択ができるようになります。

食卓の「地理」と「歴史」

なぜ夏のレタスは長野県産が多いのか。なぜ冬のトマトは熊本県産なのか。日本の細長い国土を活かした「産地リレー」の仕組みを知れば、旬の本当の意味が見えてきます。それは、気候風土と人間の知恵が織りなす、壮大な物語です。

この教室は、ずっとそこにありました。ただ、あまりに複雑で、あまりに巨大なため、私たちからは見えなくなっていただけなのです。


今日から始める小さな習慣

「そんなこと言われても、忙しくて全部は無理…」

そう感じるかもしれません。当然です。

だからこそ、「PARK」が提案したいのは、完璧を目指さない「半身の作法」です。

全身全霊で燃え尽きるのでなく、生活の中に持続可能な形で探究を取り入れるための、3つの小さな習慣です。

一日一問、「なぜ?」から始める

食卓に並んだ一品をテーマに、親子で「なぜ?」を一つだけ立ててみましょう。「なぜ人参はオレンジ色?」「このお米はどこで育ったんだろう?」。答えはすぐに見つからなくても構いません。大切なのは、食卓を「問いが生まれる場所」に変えることです。

一本の「線」を引いてみる

食べたものの産地を、スマートフォンの地図で調べてみましょう。そして、自分の家からその産地まで、心の中で一本の線を引いてみる。その距離や風土を想像するだけで、食べ物は単なる「モノ」から、誰かが育てた「物語」に変わります。

一つの「見学」を選ぶ

それは必ずしも遠くの農場である必要はありません。近所の直売所を訪ねてみること。いつもと違うスーパーで、表示をじっくり読んでみること。「PARK」の記事を一つ、子どもと一緒に読んでみること。それらも立派な社会科見学です。

この「半身」の作法は、親の負担を増やすものではありません。むしろ、日々の食事の準備というタスクを、親子で世界を発見する、創造的な冒険に変えるためのスイッチなのです。


問いを開いて、旅に出よう

「PARK」は、すべての答えを提供する場所ではありません。 むしろ、皆さんと一緒に問いを探し、考えるための「ひらかれた場」です。

私たちのメディアで新たな問いを発見し、リアルな体験で大地に触れ、生産者の挑戦を応援し、そこで生まれた旬の恵みを食卓で味わう

その小さな循環の先に、子どもたちが自らの頭で考え、選択し、生きていくための、本当の力が育まれると信じています。

教室は、もうあなたの目の前にあります。

さあ、一緒に見に行こう。食べる前の教室へ。

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