コミュニティ 2025年10月4日 読了時間: 6分

なぜ旬のものは“安いのに贅沢”なの?

吉住 海斗
吉住 海斗
株式会社COLBIO 取締役
東北大学農学部卒業
スタートアップ2社を経て、
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 在籍中
#農学 #植物 #新規事業開発 #製品企画 #ディープテック #地域 #食糧安全保障
なぜ旬のものは“安いのに贅沢”なの?

スーパーの野菜コーナーで、ふと足が止まる。

数週間前まで一玉400円近くしたレタスが、山のように積まれて98円になっている。

先月は買うのをためらったトマトも、今はカゴに気軽に入れられる値段だ。

このとき、頭をよぎるのは素朴な疑問。

「こんなに安いのは、質が落ちたから?」

「何か理由があるの?」

しかし、不思議なことに、その98円のレタスをかじると、驚くほどみずみずしくて甘い。

一年で一番安いそのトマトは、味が濃く、太陽の香りがする。

安いのに、一番おいしい。

これは、私たちの家計と食卓に隠された、嬉しい謎です。

この記事は、その謎を解き明かすための、親子のための〈社会科見学〉。

なぜ旬のものが「安くて、贅沢」なのか、その秘密を探る旅に出かけましょう。


「安い」の経済学と、「贅沢」の科学

この嬉しい謎を解く鍵は、「安い」と「贅沢」それぞれの裏側にある、巨大な社会システムを理解することにあります。


「安い」の正体は、”豊かさ”の経済学

なぜ、旬の野菜や果物は安くなるのでしょうか。

それは、一言で言えば「自然のサイクルに沿っているから」です。

供給量が最大になる(需要と供給の法則)

旬とは、その作物が最も育ちやすい気候・環境で、大量に収穫できる時期のこと。市場に出回る量が爆発的に増えるため、需要と供給のバランスから価格が自然と下がります。

人気アーティストのチケットも、アリーナ公演なら高価ですが、地元の広場で無料ライブを開けば誰でも聴けるのと似ています。

生産コストが最小になる

旬の時期は、無理な環境を作る必要がありません。

エネルギーコストの削減 : 冬にトマトを育てるには暖房の効いたビニールハウスが必要ですが、夏の露地栽培なら太陽の光だけで十分です。

輸送コストの削減(フードマイレージ): 遠い産地から無理して運んでくる必要がなく、近隣の畑から新鮮なものが届きます。

つまり、「安い」のは質が低いからではなく、自然の力を借りて、最も効率よく、たくさん作れる時期だから。

それは、いわば自然からの「豊かさのおすそ分け」なのです。


「贅沢」の正体は、”生命”の科学と文化

では、なぜその安いものが、一番「贅沢」な味なのでしょうか。その理由は、科学と文化の中に隠されています。

栄養とおいしさのピーク(科学的な贅沢)

旬の作物は、その植物が最も得意な環境で、たっぷりの太陽を浴びて完熟します。そのため、栄養価が最も高くなり、風味も格段に豊かになります。 夏のトマトに含まれるリコピンやビタミンC、冬のほうれん草の甘み成分である糖分。これらは、植物が最も健康な状態にある証であり、私たちの体にとって最高の「贅沢」なのです。

時間の移ろいを味わう(文化的な贅沢)

日本には、旬をさらに細かく捉える美しい言葉があります。


走り(はしり): シーズンの初めに出回るもの。香りを楽しみ、初夏の訪れを祝う贅沢。

盛り(さかり): 旬の真っ只中。味も栄養も価格も、最も充実している時期の贅沢。

名残(なごり): シーズンの終わり。過ぎゆく季節を惜しみながら味わう、少し切ない贅沢。

この時間の感覚こそが、旬を単なる「安い時期」から、一度きりの季節の物語を体験する「贅沢な時間」へと変えてくれるのです。


今日から始める「季節と友達になる」3つの作法

「理屈はわかったけど、全部覚えるのは大変…」 そんな声が聞こえてきそうです。だからこそ、「PARK」では完璧を目指さない方法を提案します。

季節のサイクルを、無理なく、楽しく、生活に取り入れるための3つの小さな習慣です。

「今週の旬ヒーロー」を決める

買い物に行く前に、親子で「今週のヒーロー(主役)」を一つだけ決めましょう。「今週は、なすを徹底的に楽しむ!」。

そう決めたら、売り場で一番元気ななすを選び、飾り、いつもと違うレシピに挑戦してみる。

テーマを絞ることで、旬への解像度がぐっと上がります。

「スーパーの売り場」をカレンダーにする

最も正確な旬のカレンダーは、あなたの近所のスーパーにあります。

アプリで調べるより先に、「今、何が一番たくさん、一番安く積まれているか」を観察してみましょう。

その山積みの野菜こそが、自然が「今これが最高だよ!」と教えてくれているサイン。

買い物を、季節を発見するフィールドワークに変えるのです。

「旬の終わり」を瓶に詰める

トマトが安くなってきた夏の終わりに、親子でトマトソースを作る。

梅がたくさん出回る初夏に、梅シロップを漬ける。

これは、旬の「名残」を楽しむ、最高の儀式です。

過ぎゆく季節の美味しさを瓶に詰める作業は、時間の流れを実感し、食べ物への感謝を育む、何よりの食育になります。


豊かさとは、”知る”こと

旬のものが「安いのに贅沢」である理由。それは、経済の合理性と、生命の科学、そして季節を慈しむ文化が、年に一度だけ奇跡のように交差する点だからです。

「安い」とは価値の低さではなく、「豊かさの証」。 「贅沢」とは価格の高さではなく、「最高の瞬間を知っているという知性」。

スーパーの98円のレタスを見る目が少し変わったなら、あなたの家の食卓は、もう世界とつながる探究のテーブルです。

さあ、次の買い物から、季節との対話を楽しんでみませんか。

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