コミュニティ 2025年10月4日 読了時間: 6分

「規格外」は、誰が決めた規格なの?

吉住 海斗
吉住 海斗
株式会社COLBIO 取締役
東北大学農学部卒業
スタートアップ2社を経て、
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 在籍中
#農学 #植物 #新規事業開発 #製品企画 #ディープテック #地域 #食糧安全保障
「規格外」は、誰が決めた規格なの?

スーパーの”きれいな野菜”から考える、家族の”おいしい規格”

スーパーの野菜売り場は、まるで美のコンテスト会場のようです。

まっすぐ伸びたきゅうり、均一な大きさのじゃがいも、寸分の狂いもなく箱に並んだトマト。

私たちはいつの間にか、その「見た目の美しさ」を、野菜の価値そのものであるかのように思い込んでいます。

袋詰めのミニトマトの中に、一つだけ少し潰れたものを見つけて、がっかりした経験はありませんか?

あるいは、子どもが畑で採れた不揃いな野菜を見て、「これ、食べられるの?」と不思議そうに尋ねたことは?

その小さな違和感こそ、今回の〈社会科見学〉の出発点です。

そもそも、野菜の「規格」とは何なのでしょう。

それは一体、誰が、何のために決めたルールなのでしょうか。

そして、その規格から外れた野菜は、本当に「劣った」ものなのでしょうか。

これは、スーパーの棚に隠された、価値をめぐる「主権」を取り戻すための探究の物語です。


一本の「規格品きゅうり」が生まれるまで

この問いを解き明かすため、一本のきゅうりの旅を追いかけてみましょう。

畑にて:「個性」が生まれる場所

太陽を浴び、雨水を含み、きゅうりは育ちます。

同じ株から採れたきゅうりでも、育つ場所やタイミングによって、少し曲がったり、色が薄かったり、表面に小さな傷がついたり。

畑は、多様な「個性」が生まれる場所です。

この時点では、どのきゅうりも等しく、農家さんの愛情を受けて育った大切な作物です。

選果場にて:「規格」が生まれる場所

収穫されたきゅうりは、地域の農協(JA)などが運営する「選果場」に集められます。

ここで、運命の分かれ道が待っています。職員の手によって、一本一本がきびしい基準で仕分けされるのです。

【きゅうりの出荷規格(一例)】
等級(秀・優・良): 色つや、形の良さ、傷の有無
階級(L・M・S): 長さ、太さ、重さ曲がり具合: 曲がりの角度や度合い

この基準は、国が法律で定めた「味の基準」ではありません。

これは主に、農協や卸売市場が、「流通と販売のしやすさ」のために決めた商業的なルールです。

  • 輸送のため: 同じ形なら、段ボール箱に隙間なく詰め込める。
  • 取引のため: 大きさや見た目が揃っていれば、価格を決めやすい。
  • 販売のため: きれいに並んでいれば、お店でお客さんの目を引く。

この「システムのための効率」を追求した結果、味や栄養は変わらないのに、少し曲がっていたり、小さすぎたりするだけで「規格外」というレッテルを貼られてしまう野菜が大量に生まれるのです。

私たちが無意識に信じていた「きれい=良い」という基準は、自然や味の本質ではなく、大規模な流通システムを円滑に動かすために作られた仕組みだったのです。


わが家の「おいしい規格」を作る、3つの作法

「規格」が誰かの都合なら、私たちは自分たちの価値観で、新しい規格を作ることができます。

完璧を目指さないで、家族の「おいしい規格」を見つけるための、3つの小さな実験を提案します。

「なんでだろう?」ゲーム

スーパーで、親子で一番「きれい」だと思う野菜を一つ選んでみましょう。そして、「どうしてこの子は選ばれたんだろうね?」と問いを立ててみる。逆に、直売所などで不揃いな野菜を見つけたら、「この子の形は、どんな物語を教えてくれるかな?」と想像してみる。

買い物を、受け身の選択から、能動的な観察と思考のゲームに変えるのです。

「見た目ブラインド」選手権

もし機会があれば、「規格品」の野菜と「規格外」の野菜(同じ品種が望ましい)を両方手に入れて、家で食べ比べてみましょう。

目隠しをして、「どっちが甘い?」「どっちが味が濃い?」と親子で判定するのです。

この体験は、「見た目の呪い」を解き、自分たちの舌こそが最高のセンサーであることを教えてくれます。

「わが家の規格」を宣言する

これは、家族の主権を取り戻すための、最もパワフルな作法です。親子で話し合って、「わが家の『おいしい規格』」を言葉にしてみましょう。

「わが家の規格は、形が面白くて、作った人の顔が見えること!」

「私たちの規格は、ちょっとくらい傷があっても、甘くてジューシーなこと!」

この宣言を紙に書いてキッチンに貼れば、それは買い物のたびに立ち返るべき、家族だけの憲法になります。


問いが、選択肢を増やす

「規格外」という言葉は、私たちから「選ぶ自由」や「考える楽しさ」を奪ってきました。

しかし、その正体を知れば、それは私たちを縛るルールではなく、多様な世界への扉を開ける鍵になり得ます。

規格外野菜を選ぶことは、単に「フードロス削減に貢献する良いこと」だけではありません。

それは、「誰かが決めた価値観から自由になり、自分たちの頭で考え、自分たちの舌で味わい、自分たちの言葉で価値を決める」という、知的で創造的な営みなのです。

次にスーパーで少し曲がったきゅうりを見つけたら、それは「規格外品」ではありません。

それは、あなたにこう問いかけているのです。

——「あなたの、『おいしい規格』は何ですか?」と。

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